時には、昔の話を。
(アイドルマスターSS・小鳥編)

 芸能事務所・765プロダクションは、いまだ小さな事務所であるが、所属アイドルの活躍と担当プロデューサーの奮闘
によって、この度事務所を移転することとなった。
 今までの事務所は繁華街の雑居ビルの3階にあり、狭い・汚い・ボロいと三拍子揃った旧い建物で、設備も十分では
なくボーカルレッスンなどは階下のカラオケ教室のレッスンルームを借りて行うこともしばしばだった。
 新しい事務所は少し都心からは離れるが、今までの事務所に比べれば広くて綺麗で、しかも設備も充実しているので、
今回の移転には皆が諸手を挙げて賛成していた。

 旧い事務所からの荷物の運び出し作業を終え、手伝いのプロデューサーや運送業者を送り出した事務員・音無小鳥は
ガランとした事務所の応接室に立ち、窓の外を眺めていた。
 狭い狭いと思っていた部屋も、荷物が一切無くなると思いの外広く感じられたし、窓にはビニールテープが「765」と貼ら
れていたのだが、それも綺麗に剥がされて見晴らしも良くなっていた。

 「おお音無君、こんな所にいたのかね。さあ、そろそろ事務所を閉めようじゃないか。」
 事務所の社長、高木順一朗が小鳥に声を掛ける。
 「あ、高木さん、いえ社長。」
 「『高木さん』とは懐かしい呼び名だね。ん?音無君、泣いているのかね?」
 「ええ、少し昔を思い出してしまって。新しい事務所は広くてキレイで、移転するのは嬉しいはずなんですけど、この事務
所には思い出が色々あり過ぎて・・・。」
 「確かに、この事務所の思い出は色々あるな。」
 涙を拭う小鳥を見ながら社長も昔を思い出していた。

 今から10年以上も前、小鳥はアイドルだった。高木がスカウトしたのだ。当時高木がいた事務所では、現在の765プロ
の様なプロデューサー制度はとっておらず、 直接アイドルの世話をするのはマネージャーの仕事であり、プロデューサー
は数名のアイドルを担当して、大まかな売り出しの方針や歌う曲の決定を行うという役割分担があった。高木はそんなプ
ロデューサー達を束ねるチーフプロデューサーの立場だった。

 小鳥がデビューして暫くは高木がついて芸能活動をして、基本的な活動の流れを教えたところで、正式に担当のプロデ
ューサーが決まった。それが現961プロ社長・黒井崇男であった。当時、黒井は高木の部下であり、やり手のプロデュー
サーとして頭角を現していた。

 小鳥のアイドルとしての活動は余りパッとしない感じであった。ランクといえばDランクに定着し、地方回りの小さな営業
が主な仕事であり、良くて地方局の冴えないCMの仕事が入る程度だった。
 しかし、当の小鳥は明るく元気に仕事を楽しんでいた。事務所で高木が声を掛けると
 「お早うございまーす!」
 と元気に返事をして、仕事のことを楽しそうに話すのだった。その様子を見ながら高木はこのまま楽しみながらアイドル
として成長して欲しいと願っていた。

 しかし、そんな状況がある出来事で一変した。もともと高かった歌唱力に賭けて発表した曲「空」が大ヒットを記録したの
である。その勢いは凄まじく、Dランクアイドルだった小鳥がCランクを飛び越えて、一気にBランクへと駆け上がったのだ。
 その急激な状況の変化は小鳥にとって大変な重荷となっていった。

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