完食アイドル、誕生。
(アイドルマスターSS・貴音編)

 ある日の早朝、四条貴音は高槻やよいの担当プロデューサーと共に、現場へ向かう車の中にいた。

 貴音は961プロからアイドルとしてデビューし、一気にアイドルアルティメイトのファイナリストまで駆け上がった。しかし
決勝大会で敗退し、961プロを解雇されてしまう。
 その後765プロに所属することになったのだが、解雇の際に961プロが貴音のイメージダウン工作を行ったことや、高
木社長が貴音にはまだ足りないものがあると判断したこともあって、正式な再デビューはしておらず、他のアイドルのバ
ックでコーラスやダンスをするという下積みの立場に甘んじていたのである。
 今日の仕事も本来はやよいが出演する予定の番組だったのだが、2日前にやよいが急に体調を崩し、収録の日程の
変更も出来なかった為に、スケジュールの空いていた貴音が選ばれたのだ。

 「今日の仕事はグルメレポートなんだけど、貴音はグルメレポートなんてやったことある?」
 プロデューサーはハンドルを握りながら、後部座席の貴音に声を掛けた。
 「黒井殿の下では余り数は多くありませんでしたが、それでも何度か経験があります。それに私は食べ物のお仕事は
嫌いではありません。今日は高槻やよいの代役をしっかり果たしたいと思います。」
 落ち着いた口調の貴音に、少し安心したプロデューサーは笑顔で言った。
 「やる気があるのは結構だけど、あんまり気負うなよ。レポートにはそれぞれの持ち味があるからな。やよいのレポート
はやよいにしか出来ないし、貴音は貴音のペースでやってくれればいいさ。」

 やよいのグルメレポートは大好評である。特にコメントが上手いということはないのだが、とにかく明るく、好き嫌い無く
何でも美味しそうによく食べるしその食べっぷりも良い。そして素直で大きなリアクションは視聴者にも好意的に映った。
また、本人は意識して言っている訳ではないのだが、本当に美味しい物を食べた時に出る
 「弟や妹たちにも食べさせてあげたいですぅ!」
というコメントが特に人気となっていた。それにやよいは家事もこなすので、食材の調理法に関する質問やコメントが的
確だったり、お買い得情報を引き出したりするのが上手かったりするのも視聴者の心を掴む要素となっていた。
 その上、やよいは現場での評判も大変良かった。収録で回る店が多くなるとどうしても食べ残しが出てしまうのだが、
そんな時やよいは様々な手段を駆使して食べ切れない分を持ち帰るのだ。その為にプロデューサーはグルメレポートに
は密閉容器を満載したクーラーボックスを持参して臨む。そんな様子を見た現地の人が気分を良くしてお土産をくれたり
するので、帰りの車は食べ物で一杯になるのだ。
 そんなやよいがレポートした場所には家族連れが多数詰め掛けるという評判が立つようになり、いまではやよいの仕事
の一つの大きな柱となっていた。

 車が現場に着いた。この日の仕事は地方局の人気情報番組の特番で、小さな漁師町を局の人気女子アナと二人で一
日回って、グルメや名所をレポートするというものである。
 「おはようございます。」
 現場に集まっていたスタッフと地元の漁協や商工会の人達に挨拶をした貴音は彼等の目に若干の落胆の色が浮かん
だのを感じた。

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