必殺!バレンタイン!
(アイドルマスターSS・千早編)
2月のある日、如月千早は久しぶりに学校も仕事も無い完全オフを与えられていた。 完全にオフといっても千早はいつもより1時間ほど遅く起きただけで、朝のトレーニングをし、シャワーを浴び、朝食を摂 るといういつものリズムを崩さないように心がけていた。 千早は今、独り暮らしをしている。千早がCランクに上がってすぐに両親が離婚を決めると、千早の生活環境が更に悪 化した為、担当プロデューサーが社長と協議して、千早を独り暮らしさせる方向に動いたのだ。 社長の計らいでアパートの部屋が与えられた。これは765プロが借り上げた寮ということで、将来、地方から来るアイド ルを受け入れる際のテストケースという側面もあった。 千早の両親としては、千早が高校を卒業するまでは離婚を思い留まるつもりだったようだが、千早がアイドルとして自 活するようになったことで離婚が早まったのだ。 千早の活躍が離婚の後押しとなったのは皮肉なことだが、当の千早はサッパリとした様子だった。千早の独り暮らしは 普通の人が言うような「独り暮らしの気楽さ」とは違う、檻から開放されるような心地だっだのだ。 とはいえ、独り暮らしは色々と面倒くさいことは多かった。その点では両親に感謝することもあることに気づいた。また、 自分より仕事が多いプロデューサーがカップ麺などを食べていたのを見て、とうとうと食生活の改善を説いたことを思い 出して恥ずかしくなった。自分では正論を述べたつもりだが、世間知らずであったことを思い知った。 千早は朝食を食べ始めながらテレビのスイッチを入れた。プロデューサーから独り暮らしを始める時に、オフの日は新 聞を読むこととワイドショーとニュース番組はなるべく1本ずつは見ておくことを命ぜられていた。初めは芸能界のゴシッ プなどが下らなくて見る気にはならなかったが、最近では生活の情報が手に入るのでそれなりに有意義なものだと思う ようになった。それに、たまに765プロのアイドルがレポーターに出ることもあるので、それが楽しみにもなっていた。 ワイドショーではバレンタインの話題が上っていた。それを見ながら千早はプロデューサーのことを思い浮かべた。身近 な男性といえば社長を除けばプロデューサーしかいない。仕事場で会う男性芸能人には親しい人はいないし、学校のク ラスメイトはやはり「アイドル・如月千早」を遠巻きに見るだけだった。それに彼等の話す内容も幼く、軽く感じられるのだ。 いずれにしても、今回の独り暮らしの際に骨を折ってくれたことも含め、プロデューサーの日頃の誠実な仕事ぶりには 感謝してもし足りない気持ちがしていた。恋愛感情はともかく、感謝の気持ちは伝えるべきだと千早は考えた。この後、 食材の買出しのついでに、何かプロデューサーへのプレゼントを選ぼうと決めた。 その時、テーブルの上の携帯電話が鳴った。同期のアイドル、天海春香からだった。春香と千早は年齢も近く、デビュ ーもほぼ同じだったし、ランクもCランクで何かと気が合った。それに、住んでいる所が事務所から遠いので、千早が独り 暮らしを始めてからは早朝の仕事がある時などは千早の部屋に泊まることもしばしばだった。 「どうしたの?春香?」 千早が電話に出る。 「千早ちゃーん!お願い!お台所貸してー!」 春香が切羽詰ったような声で千早にいう。 「一体どうしたのよ?」 「うん、私も今日はオフなんで、プロデューサーさんにチョコレートを作ろうと思ったの。でも、昨日お母さんとケンカしちゃ って、お台所を貸してくれないって言うのよ!お願い、一緒にチョコレート作ろう!ね!」 春香の声に千早は困った様子ながらも答える。 「私は別に構わないけど・・・。それにしても突然ね。」 「ありがとう!千早ちゃん!すぐに行くね!1時間ぐらいで着くと思うから!じゃ!」 「ちょっと!春香!」 切れた電話に千早は困惑したが、次第に退屈な休日が楽しいものに変わる予感に明るい気持ちになってきた。春香は 時々色んなことに千早を巻き込むが、不思議とイヤな感じはしなかった。 |